保湿はニオイケアにおいて非常に重要であることは、これまでもお伝えしてきました。しかし、加齢による皮膚のターンオーバーサイクルの変化により、保湿において重要な役割を担う角質層も変化していくようです。
そんな加齢による体の変化を受け入れながらも、この先、ほんのり豊かな人生を送るためには欠くことのできない皮膚の保湿について調べてみました。
加齢により乾燥しやすい肌と、保湿のために必要な脂質について
皮膚の構造と機能
資生堂研究開発本部 基礎研究センター薬剤開発研究所長 福田 實 著
化粧品講座 「皮膚科学と化粧品」、および皮膚科専門医著書より抜粋、または加工し要約しています。
皮膚の構造
上から順に
角質層 (0.01ー0.15mm)
ケラチンと呼ばれる線維性タンパク質が細胞内に充満しており、水分保持機能、紫外線防御機能、外部異物の侵入防御機能を持ち、生体の皮膚内部を保護している。
表皮層 (0.1ー0.3mm)
表皮は顆粒層、有棘層、基底層に分けられます。
・顆粒層の細胞膜は厚く細胞内タンパク質が複数の科学結合により結びついています。また、細胞内にケラトヒアリンと呼ばれる顆粒をもち、この主成分は角質層でケラチン繊維を相互に凝集させるフィラグリンです。
・免疫をつかさどるランゲルハンス細胞からなる有棘層(ゆうきょくそう)。ランゲルハンズ細胞は異物の認識・排除にかかわっており、皮膚が紫外線を浴びるとこのランゲルハンス細胞が減少し、免疫機能の低下を起こすことがわかっています。
・分裂機能を持つ基底細胞からなる基底層。細胞分裂により、一方は基底層にとどまり、もう一方は表皮上層に移動し有棘細胞となり角化を開始します。また、基底層には紫外線を防止し、皮膚色の決定因子となるメラニンを合成する色素細胞が存在します。
真皮層 (2-3mm)
肌にハリと弾力を与えるコラーゲンと、非常に弾力がありコラーゲンを支える役割があるエラスチンといった線維が網目状に存在します。その隙間に強い粘り気や弾性を保ち高い保水力があるヒアルロン酸が埋まっている構造となっています。
皮下組織
外部からの物理的圧力を緩和し身体を守ります。
角質層の重要な役割の一つ 水分保持(保湿)
資生堂研究開発本部 基礎研究センター薬剤開発研究所長 福田 實 著
化粧品講座 「皮膚科学と化粧品」より抜粋、または加工し要約しています。
水分保持のメカニズム仮説1 皮脂膜説
皮脂腺から分泌される皮脂が皮膚表面に拡散し、皮脂膜を形成することにより、過度の水分蒸散を抑え、角質層水分を保持する
皮脂の主成分であるトリグリセライドがワセリンや流動パラフィンに比べ、水分蒸散に対する防御効果が劣ること。また、額などの皮脂分泌量は0.2mg/㎠程度で量的に少ないことなどから、角質の水分保持機能への関与率は角質細胞間脂質説やNMF説よりも低いと考えるのが妥当である。
水分保持のメカニズム仮説2 細胞間脂質説(セラミド説)
角質細胞間に存在する脂質層が、体内からの水分の蒸散を抑えるとともにNMF(自然保湿因子)を細胞内にとどめ、角層の水分を保持する
根拠:皮膚表面をアセトンエーテルで処理すると、①角層の水分保持機能が低下し、②皮膚の乾燥程度が高ぶること、また③乾燥の程度は抽出された皮脂量と相関すること、④示差走査熱量分析計の観察から、水が脂質二重層の中に存在すること、⑤アトピー性皮膚炎で、角層水分量の低下、TEWLの高ぶり、アミノ酸の低下と対応しセラミドが減少すること、⑥細胞間脂質の主な成分はセラミド(41%)であること。【ちなみに コレステロール 27% 、コレステリルエステル 10% 、遊離脂肪酸 9% 】
水分保持のメカニズム仮説3 NMF説
角質細胞内に存在する吸湿性の高いアミノ酸およびアミノ酸代謝物を主成分とするNMF(自然保湿因子)が水分を保持する
根拠: ①多くの水は脂質層と層分離して存在すること、②角層を水和させても脂質二重層間の面間隔が広がらないこと、③逆に水和すると角質細胞が膨潤すること、④角層をテープ剥離した腎透析患者皮膚やSDSでドライスキンを引き起こした皮膚では角層水分量が低下するが、セラミドの減少が起きていないことなどから、セラミドの意義が疑問視されてきた。
一方、アトピー性皮膚炎、老人性乾皮症、腎透析患者、花粉症、尋常性魚鱗癖などの乾燥症状を特徴とする皮膚や、テープ剥離やSDSで引き起こした乾燥症状は角層水分量の低下とともにアミノ酸の低下が認められている。さらに角層中の遊離脂肪酸やピロリドンカルボン酸の含有量と正の相関をしめすこと、また、顔や手掌など乾燥を起こしやすい部位の遊離アミノ酸が少ないことなどの状況証拠から、最近では角層の水分保持機能の本体はNMFで、細胞間脂質は細胞内のNMFの流失を防ぐことで二次的に水分保持に寄与している可能性が強く示唆されはじめている。
老人性乾皮症についてご存じですか?
まだ老人という言葉とは縁がないと思いますが、やがてすべての人がその領域に入っていきます。
現在、加齢臭対策として肌の保湿に関心が高いのですが、皮膚の乾燥や保湿について調べると、必ずこの老人性乾皮症という問題から目をそらすことはできなくなります。私たちのそう遠くない将来に肌の乾燥に関するトラブルが待っているようです。
東北大学名誉教授 医学博士 田上 八郎 著
老人性乾皮症について より抜粋、または加工して要約しています。
加齢と乾皮症
新生児の場合は、胎児の時期に母親の羊水につかっていた状態から、出生により突然外気に触れることで皮膚に鱗屑※を生じます。・・・新生児乾皮症(生後2週間から1か月の間に消失)
皮膚の最も表層にある角質層が、目に見えるように剥がれ落ちる状態 難病情報センターHPより
生後6ヵ月を過ぎると母体のホルモンの影響が消えます。そのため、それまでよく分泌されていた皮脂がほとんど分泌されなくなります。・・・小児乾皮症(思春期のホルモンの変化に伴い消失)
成人になると、女性では25歳から中年に向かい男性ホルモンのレベルが下がることにより皮脂の分泌が減り下肢やかかとに乾皮症を生じます。
成人男性では、50歳を過ぎると男性ホルモンが低下して下半身を中心に皮脂分泌が減ります。さらに年を重ね老人に向かうと角層のアミノ酸量が低下して老人性乾皮症を生じるようになります。
老人性乾皮症のメカニズム
表皮の構造をイラスト解説
上のイラストにあるように、皮膚の表面にある角層は通常15層ほどの角層細胞からなり、その厚さは10~20ミクロンという非常に薄い膜です。この角層は体内の水分の放出を抑える水分保持機能と外部の刺激から守るバリア機能をあわせ持っています。
皮膚は基底層にある細胞が徐々に押し上げられ、有棘層、顆粒層、角層へと変化し、最後には垢として剥がれ落ちます。このサイクルをターンオーバーを呼び通常は1か月を要します。
皮脂腺由来の脂質の減少
皮脂腺由来の皮脂の分泌には男性ホルモンが関与しています。高齢になると男性ホルモンが減少することや、皮脂分泌量が少ない下半身に老人性乾皮症が発症しているため。
角層細胞間脂質の減少
角層細胞と角層細胞の間には水分を保持しながらこれらの細胞間を埋めているオドランド小体由来の角層間脂質(セラミドを指標)があります。このセラミドは経皮水分蒸散量の抑制と高い相関を示し、角層のバリア機能にとって重要な役割をになっています。
この角層間脂質が減少している部位と老人性乾皮症が発症している部位が一致しています。特に老人性乾皮症がよくみられる下肢では、角層間脂質が若者の皮膚に比べて30%も低くなっています。
天然保湿因子(NMF) の減少
角層細胞の中にも天然保湿因子と称される高い保水性を示す様々な水溶性低分子物質があります。中でも、顆粒層の中の細胞にあるケラトヒアリン顆粒に含ませれる繊維間物質フィラグリンが代謝されてできたアミノ酸が高い保水性を示すための役割は大きい。
高齢者ではケラトヒアリン顆粒が非常に小さく、構成成分のフィラグリンも少なくなります。したがって、アミノ酸の量が減少していることは容易に推測されます。
また、角層のアミノ酸量と肌の水分量の関係をみると、アミノ酸量が少ないほど乾燥程度が高いという結果が得られています。
角層構造の変化
老人性乾皮症の皮膚の組織標本を調べてみると、角層の肥厚と表皮の萎縮、そして顆粒層の消失などが見られます。
角層のターンオーバーは若年者の1.5倍にもなり、古くなった角層細胞が蓄積し、角層が2~3割増しで肥厚しています。また、バリア機能の指標である経皮水分蒸散量TEWLは若年者に比べて同等もしくは減少していますが、正常の範囲にあります。
しかし、表面の角層は乾燥しているため、エアコンなどで乾燥したり、あるいは引っ掻くなどして皮膚にひび割れを生じるとバリア機能を損ないやすくなります。
老人性乾皮症の予防とケア
田上 八郎 医学博士が老人性乾皮症の予防とケアのために提唱しているのは、次の3点になります。
室内湿度
老人性乾皮症は冬の暖房使用時に現れるように、湿度に依存しているため室内の湿度を60%以上に保つことで予防ができる。
入浴方法
ターンオーバーが長くなって蓄積した古い角層を除去して新陳代謝を促すためにも、入浴時に体を洗うことは有効です。しかし、過度の洗浄をおこなうと皮膚表面の皮脂や角層間脂質、天然保湿成分を流失して角層がひび割れてバリア機能の低下をまねき、老人性乾皮症を引き起こします。
そのため、洗浄剤は低刺激のものを使用することが好ましく、アルカリ性の石鹸を用いたり、強くゴシゴシ洗うことは避けたい。また、タオルは柔らかい木綿などで作られたものを用いて極力物理的な刺激を避けたい。
更に、さら湯の湯船につかると角層から多くの保湿成分が流失してしまうため、入浴剤の使用が好ましい。
保湿剤
高齢者の皮膚のバリア機能の低下を補ったり予防のためには、角層で減少している脂質や保湿因子(セラミド、NMFなど)を補うことが重要です。
特に入浴直後は脂質や保湿成分が流失してしまうため脂質や保湿因子を補うことが重要となります。また、入浴時には外から取り込んだ水により角層が著しく膨潤し、角層細胞間にゆるみが生じています。そのため、クリームやローションの脂質や保湿剤を吸収しやすくなっておりスキンケアを行う良い機会です。
炎症・かゆみの治療(医学的部分は割愛しています)
かゆみがあるからといって、掻くことは厳禁です。なぜなら、皮膚のバリア機能を破壊し、ひいては外界からの刺激物、アレルゲンの皮膚への浸透を容易にするからです。
かゆみに対しては風呂から出た後、ワセリンなど油脂剤をかゆいところ一面に塗る。もしも、油脂類がベタベタと感じられ耐えられない場合は角層剥離作用がある尿素を10%含んだ外用剤、あるいは、保湿性の高い保湿クリームを用いると良いでしょう。
アレルギー疾患を持っている人の抗体と特異的に反応する抗原のこと。一般には、そのアレルギー症状を引き起こす原因となる物質を言う。 ウィキペディアより
脂質の摂取について
表皮での過剰な皮脂の分泌は加齢臭にとっても好ましくないのですが、一方で加齢により皮脂の分泌が減ることが一要因となり、肌の乾燥をともなう老人性乾皮症を発症すると言われています。
加齢臭の発生部位については、頭部、首の後ろ、胸、わき、背中など諸説ありますが、いずれも上半身であることが分かります。
一方、肌が乾しやすい部位として 肘、腰回り、膝、すね などがあります。つまり、単に保湿といっても部位によってその目的が違ってくるのではないかと感じています。
加齢臭が本格的に気になる50代になる前から、皮脂はテカリの原因として忌み嫌れがちなのですが、実は
脂質は細胞膜の主要な構成成分であり、エネルギー産生の主要な基質である。また、炭水化物あるいはタンパク質よりも、1g当たり2倍以上のエネルギー価を持つことから、ヒトはエネルギー蓄積物質として優先的に脂質を蓄積すると考えられる。また、nー6系脂肪酸とnー3系脂肪酸は体内で合成できず、欠乏すると皮膚炎などが発症するので、経口摂取が必要である。(必須脂肪酸)。脂質は脂溶性ビタミン(A,D,E,K)やカロテノイドの吸収を助ける。コレステロールは細胞膜の構成成分であり、肝臓において胆汁酸に変換されたり、性ホルモン、副腎皮質ホルモンなどのステロイドホルモン、ビタミンDの前駆体となる。
厚生労働省 報告書 脂質 より 抜粋
肌によい脂質とは?
「肌に良い脂質」で検索してみるとサイト上で取り上げられている主なものは、オリーブ油、ナッツ類、アボカド、サーモン、青魚などの脂質が紹介されているようです。
しかし、食事から摂取する脂質は、多すぎても少なすぎても健康に悪影響を及ぼす可能性がありますので注意が必要です。
また、私が調べた範囲では皮膚科の医師で肌のために特定の脂質のみを摂取するように勧めているサイトは無いようです。
農林水産省 「脂質による健康影響」より抜粋、または加工して要約しています。
脂質
脂質は重要なエネルギー供給源であるとともに、細胞膜や生理活性物質の構成成分にもなります。脂質の一部を構成する脂肪酸のなかには、体内で合成することができず、食事から摂らなければならない必須脂肪酸もあります。一方、脂質(特に飽和脂肪酸)を摂りすぎると循環器疾患の危険因子となる脂質異常症のリスクが増加する可能性があります。
飽和脂肪酸
乳製品、肉などの動物性脂肪やパーム油などの植物油脂に多く含まれます。飽和脂肪酸を摂りすぎると血中総コレステロールが増加し、心筋梗塞をはじめとする循環器疾患のリスクが増加することが予想されます。
一価不飽和脂肪酸 オリーブ油、ナッツ類、アボカドなど
動物性脂肪やオリーブ油などの植物油に多く含まれ、その大部分はオレイン酸です。食品からの摂取、あるいは体内で合成することができるため必須脂肪酸ではありません。
nー6系脂肪酸(オメガ6) 大豆油、卵黄、豚レバーなど
リノール酸、γーリノレン酸、アラキド酸などがあります。大豆油やコーン油などの植物油が主な摂取源です。n-6系脂肪酸は体内で合成することができないため、食事から摂取する必要がある必須脂肪酸です。
n-3系脂肪酸(オメガ3) サーモン、青魚など
αーリノレン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)などがあり、αーリノレン酸は植物油が摂取源であり、EPAやDHAは魚介類が主な摂取源です。これらの脂肪酸は体内で合成できない必須脂肪酸です。妊婦は胎児の器官生成のため、より多くのn-3系脂肪酸の摂取が必要です。また、授乳婦もn-3系脂肪酸を十分に含む母乳を分泌できる量を摂取する必要があります。
コレステロール 肉・魚の内臓類 卵など
コレステロールは、脳神経や筋肉の動き、細胞膜やホルモンの生成に不可欠が物質です。コレステロールは体内(肝臓)で合成できる脂質であり、食事から摂取されるコレステロールは体内で作られるコレステロールの1/7~1/3であることが知られています。脂質異常症の方等においては、その重症化予防の目的から、コレステロールの摂取量を200mg/日 未満に抑えることが望ましいとしています。
トランス脂肪酸 マーガリン、ショートニングなど
食事摂取基準では、トランス脂肪酸の健康への影響が飽和脂肪酸に比べてかなり小さいとして、目標量は定められていません。ただし、WHOの目標を参考にしトランス脂肪酸の摂取量を総摂取エネルギー量の1%相当より少なくすることが望ましいとしています。
まとめ
脂質に注目したのは、もともと加齢臭対策が発端となっています。なぜなら、加齢臭の原因物質であるノネナールは皮脂に含まれる脂肪酸の影響を大きく受けているからです。
そこで、皮脂の分泌を抑えるために効果的な方法を皮膚科医のスキンケアから学び取り入れることで体臭の改善に努めてきました。
さらに、皮脂について調べてみると、加齢と関りが深い老人性乾皮症について気づかされたのです。老人性乾皮症の観点から医師が見た時、皮脂分泌量は男性は60代、女性は40~50代にかけて急激に減少していきます。 (加齢による肌のかさつき「老人性乾皮症」)
皮脂腺の大きさや分布密度と皮脂の分泌量と間に相関関係があり、顔面や頭部の皮脂腺は大きく平均800個/㎠と数も多くなっています。前胸部、背面中央、腋下、陰部などは比較的皮脂腺が発達していますが、一般に四肢(手や足)の皮脂腺は小さく50個/㎠と数も少ないとされています。前額や頬の表皮脂質の量は背中、腕、脚と比べて3‐8倍多いことが報告されています。(皮膚科学と化粧品)
つまり、加齢臭にフォーカスすると頭、顔、胸、背中を注視してしまいますが、こういった部位は50代男性ではそもそも皮脂の分泌が多いと言えます。しかし、皮脂分泌量の減少は男性で60代からと言われています。ですから、皮脂腺が少ない部位(手や足など)については老人性乾皮症の予備軍とも言えますので、肘、手の甲、膝、すね、といった乾燥しやすい部分もしっかり保湿しましょう。