旅行の記憶は私の財産 回想録
記憶が曖昧な部分もかなりあるのだけど、私が記憶している当時の状況をAIに伝え、条件に当てはまる旅行内容になるようにサポートしてもらいながら回想録としてまとめてみようと思う。
面倒くさがりやの若い頃の自分は、出たとこ勝負の思い付きで行動していたことが多く、またその「何が起きるかわからない」ことを楽しんでいたように記憶しています。なので、まあまあ旅行をしたのにほとんど計画を立てることに参加していない。だから、詳しく覚えていない。だけど、AIから「ここに立ち寄った可能性が高い」という地名のリストをもらうと聞き覚えのある地名にピンとくる。
いまなら、スマホとAIを味方にすれば旅行もきっと楽しめるはず。わたしがカナダに渡航した1989年当時は「地球の歩き方」が定番ガイドブックとして重宝されていて情報量が多かった。だけど、当時の「本嫌いの自分」にとって分厚い本を見ただけで拒絶していたんだと思う。
実は、当時の写真はすべて処分していて手元に一枚もありません。なので、ここに記す旅行は作り話のように思われるかも知れませんが、元妻との良き思い出となっています。また、写真はすべてAIによる生成画像を使っていますが、人物を入れて雰囲気がでるように再現しています。
はじめに
なぜこの記事を書こうと思ったのか、その経緯を記しておこうと思います。2026年春に定年退職して次の仕事を探す間、今ちょっとまとまった時間が取れているためいろいろと思考の整理をしています。
還暦となったけども気持ちは若くありたいと思う反面、体の変化を認めざるをえないのが現状。そこで、迫られるのがこれからの人生の選択。まずは、自分の人生をライフラインチャートを通して振り返ってみると若い頃にアップダウンが激しいことが分かる。これは担任先生による占いでまさかの「40歳で大病にかかるかも」と言われ、小学校高学年の私の記憶に深くすりこまれたことが影響している。
そのため「太く、短く生きる」が口癖となり、生き急ぎ、建設的な思考ができなくなっていた。30代では離婚や家庭の問題などで精神的にどん底だと感じていた。そんな時、救われたのがヒトとの出会い。切磋琢磨する同僚に恵まれ、オーナーから知恵を授かり、学びの大切さを知る。そこから「学び=運気アップ」という私の方程式ができた。そして、ある本との出会いにより「好きを仕事に」することを一大決心。
ライフラインチャート
ライフラインチャートとは心理学で使われる手法で、自分のこれまでの人生を幸福度という尺度で1本の曲線で表現したものです。
おかげで、ほとんどの時間を学びに費やしてて、気が付いたら自然とお金が増えてた気がします。仕事のことで四六時中思考がめぐるときもあったのだけど、追いつめられてるというよりゲームの攻略法を必死で考えた感じで、ちょうど趣味に没頭する感覚に近かった気がします。だから、達成感がいちばんの報酬という感じでした。
ある意味、仕事中毒に近い状態なのでこのまま突っ走るのも一つの選択です。その場合、おそらく再雇用65歳まで続けたら身体の限界に近くなり燃え尽きることでしょう。
そこで私の選択は、「ここで一度リセットして、健康で長生きする生存戦略をとろう」という決断です。もちろん、65歳からは年金を受給しますが年金のみに依存しない生活をしたいと思っています。わたしの今後のフェーズは3つ。働きながら自立した生活をするフェーズ1、年金で自立した生活をするフェーズ2、年金で他者のサポートを受けながら生活をするフェーズ3。そして、残りの人生を充実させるためにはいかにフェーズ1を長く保つことができるかにかかっていると考えています。つまり「健康で社会とのかかわりを長く保つこと」がわたしの人生を豊かにするうえで最も重要である。
だから、リセット後は「一日の労働時間は長過ぎず、長い期間働けて、仕事の時間が楽しいこと」を基準に仕事を選びたい。そうすれば、今後もライフラインチャートは高い位置をキープできるはず。
そして、ちゃんと自分の過去に向き合う必要がある。過去の苦しい時期があったからこそ底力がついただろうし、すべてに蓋をして過去を抑え込むのではなく、過去の良かった部分をちゃんと見つめ直すことで幸福感はさらに上がるはず。そして、これからの未来を楽しみたいと思っています。
元妻との記憶の欠落
人は、生きていくためにつらい記憶を忘却してリセットすることで前にすすんでいけるのだと思う。だから脳は、 「これはもう持ち続けなくていい」 と判断した記憶から、少しずつ手放していく。そのおかげで今がある。
一番近い科学用語:記憶抑制(memory suppression)
出典:Copilot
嫌な記憶が浮かびそうになったとき、前頭前野が海馬の活動を抑えて想起を妨げる働きがあり、これが「嫌な記憶が薄れていく」現象の中核です。 研究では、嫌な記憶ほど抑制効果が大きいことも示されています。
私たちが訪れた場所をグーグルマップにプロットしてみると
グーグルマップにこれまで行った先に「お気に入り」にチェックしてみたら下のような感じになりました。私の知る限りでは、元妻さんはその後ニュージーランドやオーストラリアにも行っています。多分渡航先はもっと増えているだろうな。わたしは、前職の研修旅行としてベトナムにも行く機会がありました。アメリカのロスやニューヨークといった大都市には行ってませんが、大変満足しています。
カナダ西海岸のウィスラーを拠点にしてカナダのカントリーリゾートライフを満喫しながら、夏場には2週間のペイドホリデー(有給休暇)を利用して交代で旅行をしていました(スキーリゾート地であるため、冬場が繁忙期)。ウィスラーからバンクーバーまでは車やバスで2時間くらだし、バンクーバーを出発地点として飛行機に乗れるから日本を拠点にした旅行より遥かに安上がり。お金は無いなりに、みな工夫して楽しんでいた。もし、仮に旅先でお金を使い果たしたとしても2週間後に戻れば給料がもらえるのだからね。そのころ自分も含めて職場のみんなが疲れ知らずの20代が多くてエネルギッシュだった。
当時の給料といば、2週間で500~600カナダドル(1カナダドル=110円くらい)、しかし、冬場のシーズン中は1日80~100ドル近くチップをもらってたのでまあまあ景気は悪くなかった。だけど、オフシーズンともなるとチップが激減するためペイチェックが頼りの生活でした。つまり、ひと月のペイチェックだけだと13万円くらい。だから、バックパッカースタイルの貧乏旅行が多かった。だけど、さすがにイエローストーンなどの国立公園めぐりの時は新車のエスクード(小型四駆)でした。
旅のその前に、生活の拠点としてたウィスラーとは
ウィスラーは北米で人気のスキーリゾート地で、いろんな国から毎年多くのスキーヤーが訪れて来ていました。もちろん、日本からの観光客も多く日本人のツアーガイドもいて安心して楽しめる場所。なんといってもアクセスしやすい。ざっくりですが、そのころの認識として東京から8時間、帰りは偏西風の影響で10時間。実際にはもっとバスの移動やあれこれあるから1日移動で時間がつぶれるのだけど、ウィスラーに移り住んだある娘さんのお父さんが、お孫さんに会いに来てよく言ってた「8時間もあれば来れるんだから」が記憶に刻まれている。
スキーリゾート地であるウィスラーにはゲストをもてなすための多くの人たちが暮らしています。いわゆるロコピーポル。また、住みやすい街として世界的にも知られる西海岸のバンクーバーから車で2時間で移動できるため、週末にウィスラーの別荘へ遊びにくるひとも多くいます。
ウィスラーには、多くの観光客が訪れるとともに、そのリゾート地をささえるウェルカムスタッフとして多くの若者が集まってきます。同世代の若者がオーストラリアからも来てました。多くの観光客が押し寄せるスキーシーズンは働く者にとっても繁忙期であり稼ぎ時なので、シーズン中だけ働いてシーズン終了とともに去っていく人が大半かもしれません。しかし、いちど夏の暮らしを経験すると病みつきになってしまいそのまま居座りロコピーポル化してしまうパターンがあります。その中の一人が私でした。
スキーリゾートで働きながらスキーも楽しむ生活
ウィスラーで働く人たちはサービス業の人が多く、シフトを組んで交代で休みをとるパターン。そして、シフトが休みのときに自分自身もスキーを楽しむというスタイルが多かったのではないかと思う。ところが、わたしが働いていたお店はランチがなかったので同僚の多くが昼間はスキーをして夕方から仕事をするという無謀ぶり。それでも仕事終わりにピアノバーで飲むなんでこともよくあった。エネルギー全開で、疲れを知らない若者だからできたことかもしれませんね。
WHISTLER, CANADA Ultimate Winter Guide
記憶を再現したイメージAI画像
シーズンオフのウィスラーを楽しむ
冬のスキーシーズンがメインではあるけども、夏の避暑地として観光客も楽しめるウィスラー。夏のアクティビティは以前にも増して種類が増えてるようですね。わたしがいた頃は、夏はマウンテンバイクやゴルフといった感じでした。私にとってはキレイなパブリックテニスコートがたくさんあったのでテニス天国でした。冬でもスキーをしないで室内テニスコートでテニスをするほどテニス大好きカナダ人に恵まれたこともラッキーでした。
マウンテンバイクで行ったCheakamus Lake
わたしはテニスを楽しんでいる一方で、マウンテンバイクツーリングにも参加してメンズたちとエクスプローラー気分を味わうのも大好きでした。もともと、キズ跡が残ったら嫌と言っていたのだけど、彼女もマウンテンバイクに乗るようになって一緒に行ったのがcheakamus Lake。ウィスラークリークからハイウェイ99を南下して車で20分ほど走って林道のパーキングまで移動、その先を3kmほどマウンテンバイクで狭いトレイルを抜けるとcheakamus Lakeにたどり着く。いまだからグーグルマップで簡単に調べられるけど、当時はほんとにたどり着けるかなと心配しながらのマウンテンバイクライドでした。だからこそ、たどり着いたときの感動はひとしおでしたし、おまけにほぼ鏡面のエメラルドグリーンの湖面に空の青色が映り込み見とれるほど美しかった。
Cheakamus Lake | 4K UltraHD
記憶を再現したイメージAI画像
Black Tuskドライブハイクにチャレンジ
内向的な私と対照的に、明るくアウトゴーイングな彼女でした。だから、彼女は常にアンテナが敏感で、いろんなものに興味をもっていました。だけど、どちらかというとスポーツ女子というタイプではないので、男に混ざってガンガンスキーを滑るような人ではありませんでした。だから、一緒にスキーをする機会はわりと少なかった。
結婚後しばらくして、ようやくオンボロ車を卒業して新車の四駆を買ったのでした。そしたら、彼女からの提案で彼女の知り合いのカップルを誘って絶景ドライブハイクをしようということになった。彼女は職場のオーナーさん達と以前いったことがあったようで、どうしても私たちに見せたかったようなのです。「新車なのに悪路を走って壊しはしないか」という私と対照的に「新車の四駆だから、悪路の山道を登っていけるでしょう」の彼女だった気がする。
基本的には、麓からのハイキングコースでハイクアップするのが普通なのでしょうが、体力的に自信がなくてもほぼ頂上付近まで車でいけて、最後の部分をちょっと頑張れば絶景が見れるというロコピーポルのガイドコースだったようです。もしかしたら、当時だったから行けた幻のコースかもしれません。
Black Tusk and Panorama Ridge Hike
記憶を再現したイメージAI画像
秘湯の旅
人里から遠く離れた林道の先にある秘湯へと同じレストランで働く同僚たちに連れて行ってもらったことがあります。キャンプして、夜は温泉につかり星空を眺めてくつろぐ貴重な体験。記憶が曖昧なので、ここへはそれぞれ別にいったことしかないのかも知れません。とにかく、悪路であまり単独で行くのはおすすめできないアドベンチャーコース。
Meager creek hot springs in June 2013
記憶を再現したイメージAI画像
Best Hiking Trails in British Columbia for Summer 2024
カナダ横断一人旅
1989年もしくは1990年にカナダの横断鉄道にてバンクーバーから東海岸へと旅行しています。なんせ、当時の薄っぺらな自分としては、事前に調べていることがほとんどないのでただその地に行くことだけが目的となっていた。出発前に思い描いていた「やりたいこと」と言ったら「ナイアガラの滝でボートに乗り、水しぶきを浴びる」それと「モントリオールのジェットボートに乗って、びしょ濡れになる」その二つだけで、今思えば全くもったいない旅の目的というおバカさんぶりでした。
バンフ
私が旅行した1989年当時はバンフ経由のVIA鉄道のカナディアン号が運航されていて、午後にバンクーバーを出発して、フレーザー川の渓谷を眺めながら北上し、翌朝には美しい山々に囲まれたバンフに到着するという「黄金のダイヤ」が毎日運航していました。しかし、翌年の1990年からは予算削減で週3便に減便され夜間に出発してバンフ経由そのものが廃止されたそうです。出典:Google AIモード
なので、私は超ラッキーだった。
現在のVIA鉄道の路線は下図のようになっているようです。
日本の鉄道のように、定刻通りの運航というわけではなく結構アバウトだったようです。ちなみに、私が乗った便ではバンフ駅に到着してから出発まで2時間くらい停車時間がありました。そこで、マウンテンバイクをレンタルしてちょっと遊んでいました。
記憶を再現したイメージAI画像
BANFF Alberta Canada Travel
カルガリー
現在のVIA鉄道では、カナダの横断ルートとしてバンフやカルガリーの北側を迂回するようなっています。バンクーバー➔ジャスパー➔エドモントン➔サスカトゥーン➔ウィニペグ➔オタワ➔トロントといった感じです。
1998年カルガリー冬季オリンピックの開催地で、アルペンスキーで人工雪を本格使用したり、スピードスケートをはじめて屋内開催した大会だったようです。(出典:Google AI)
記憶を再現したイメージAI画像
カルガリーの停車駅は現在のカルガリー・タワーの真下に位置していたようです。駅からオリンピック会場を見ることは出来なかったのですが、社内アナウンスがあって車窓からジャンプ台を見た記憶が残っています。現在の運航ルートでは見ることが出来ない貴重な体験をしていたんだと思います。
私の記憶にはないのですが、時系列から推測するとカルガリーオリンピック開催の頃はちょうど退社を決めてカナダ行きを決断した頃ではないかと思います。たとえそうだとしても、いま当時の状況をAIに解説してもらってみて、いかにその当時なにも調べてなかったかを痛感させれますし、貴重な体験をしているにもかかわらずありがたみを分かってないことに申し訳ない気持ちでいっぱいです。
Calgary TRAVEL GUIDE
ナイアガラフォールス
私が西海岸からカナダを横断して東へと向かった一番の理由はナイアガラフォールズを見たいの一心でした。しかし、ちょっと冷静に地図を見ればすぐ先にはニューヨークがあるではないか。今となってはちょっともったいない気もするのだけど、当時の自分としては東京の都会から現実逃避してカナダに来たみたいなところがあったから大都市に魅力を感じてなかったのかもしれない。そういえば、途中で立ち寄ったトロントにもそれほど魅力を感じてなかったかも。それに都市で楽しめるほどの旅費がなかったことも考えられる。
とにもかくにも、いよいよ憧れのナイアガラフォールズに向かいます。いま調べてみると、ナイアガラフォールズ駅から観光スポットまで3~4km離れてて、徒歩で45分から1時間くらいかかるみたい。シャトルバスもあったけども、乗ってないのかもしれない。当時の私の鮮明な記憶としては、木に覆われた道を進みながらその姿は見えてないのに何とも言えない迫力のある音が徐々に大きくなっていく。そして、その音の高鳴りと共に気持ちの高揚を抑えきれなかったことをよく覚えています。姿が見えないのに音だけがボルテージを上げていくことでより興奮したのかもしれない。これも貧乏旅行で歩いたからこそ体験できた興奮だったのかも。
実際にナイアガラフォールズを見てみてそのスケールと迫力に圧倒される。そして、カナダの豊富な水資源による豊かさ(電気代の安さなど)を妙に納得した思い出がある。
記憶を再現したイメージAI画像
ちょうどこのAI画像のように、まさに滝つぼに流れ落ちる寸前の様子を間近でみることができます。この時の迫力は尋常ではなく、ついつい映画のワンシーンのようにボートに乗った自分が滝つぼに吸い込まれて落ちていくような映像を思い描いてしまい、思わず背中がゾクっとしてしまう。
Niagara Falls
あとは、定番コースではありますが滝の背面から見る Journey Behind the Falls 1989年当時はScenic Tunnels と呼ばれていたようです。エレベーターで約38m下降して、岩を掘った 幅約2.4m 高さ約2m のトンネルを歩いて進みます。途中で滝の裏側を覗ける穴があり轟音と水しぶきを浴びる体験ができるのです。
記憶を再現したイメージAI画像
それから、霧の乙女号にのって下流から滝に近づいていき滝の轟瀑に圧倒される体験もすばらしい。今は、アメリカ側の霧の乙女号とカナダ側のナイアガラ・シティ・クルーズに分かれているようです。両者の特徴を簡単にまとめると、電動で静かだけど屋外デッキだけのアメリカ霧の乙女号、ディーゼルエンジンだけど、室内エリア・座席・トイレあるので濡れたくないひとにとってはカナダナイアガラ・シティ・クルーズがおすすめといったところです。
journey behind the falls
モントリオール ジェットボート
日本人の自分にとってはあまりピンとこなかったのが、カナダでは英語とフランス語の2か国語が公用語として定められています。なので、ナイアガラ観光を終えてモントリオールに来ると急に心配になる。おぼつかないながらも、英語ならなんとか自分のやりたいことを相手に伝えてひとり旅ができると感じていた小さな自信は、フランス語圏のモントリオールの街で一瞬にして葬られてしまいました。だから、ジェットボートにのるのは楽しみだけど、早くウィスラーへ帰りたいとずーっと思っていました。しかし、世界には2か国語どころか、3か国語、アあるいは4か国語以上の公用語をもつ国が60カ国以上もあるそうですよ。
記憶を再現したイメージAI画像
日本ではこんな過激なアドベンチャー体験はできないと思う。お国柄だと思うのだけどカナダでは「自由には責任が伴う」という考えがつよくて、”At your own risk”「あなた自身の責任において」という表現を目にします。日本のスキー場ではまず入れないようなエリアに入っていく extreme ski だってある。まさに自己責任なんですが。このジェットボートもまあまあ過激だから、乗船前に免責同意書にサインさせるみたいですね。たぶん、当時のわたしもサインしたのだと思う。「リスクを承知し、自己責任で参加する」という誓いをたてアドベンチャーを楽しむのです。
Montreal JET BOAT TOUR
婚前旅行 バハ・カリフォルニア半島
このころは、おそらく同棲していたころで一番イチャイチャしてた頃だと思う。それでも、記憶があいまい。
2000年当時の旅行に関する情報をAIで調べてみると、当時は「格安パッケージツアー全盛期」だったようで、ロス・カボスは今ほど高級リゾート化しておらずカンクンより安く行ける穴場リゾートとして若いカップルや新婚旅行の短期旅行として人気だったようです。ロスカボス2泊3日~3泊4日 バンクバー発チャーター便 リゾートホテル2~3泊付 朝食付き 価格399~599カナダドルという激安ツアーがあったようです。おそらく、ツアーのチラシが彼女の目にとまったのでしょう。(AIによる推定:東京から行くとツアー推定価格で12~18万円)どうみても、魅力的な価格ですね。
飛行機が、ロス・カボスの空港に近くなるにつれて荒涼とした乾燥した大地がつづく光景が印象に残っています。日本やカナダの森林が見える光景とは対照的で、見るからに暑そうな異国に来たなという実感が湧いてきたことを覚えています。
ちなみに、飛行機の座席はものすごく狭くて膝が前の席に当たりそうなくらいにぎゅうぎゅうだったことも覚えています。
カボ・サン・ルーカス
1991年7月11日 メキシコ史上最大級の皆既日食があり、メキシコ全土が大フィーバーしたようです。カボ・サン・ルーカスは皆既帯に入った都市のひとつでした。そのため、皆既日食Tシャツ、記念キャップ、ポスター、ステッカー、観測グラスなどが大量に観光地で売られていたようです。
私たちが行った2000年当時でも皆既日食Tシャツがたくさん売られていましたので、何も現地のことを調べていない私は「もうすぐ皆既日食でもあるのかな?」と思っていました。
CABO SAN LUCAS
エル アルコ デ カボ サン ルーカス
カボサンルーカスといえば、この岩場のアーチ。”El Arco” 「エル アルコ」とはスペイン語でアーチを意味します。”El” は英語の “the” に相当します。まさにカボサンルーカスの代名詞のような土地で、Tシャツの絵柄にも岩のアーチがよく使われていまいた。
記憶を再現したイメージAI画像
El Arco de Cabo San Lucas
グラスボート
現在は船全体がポリカーボネート樹脂でつくられた全面透明なボートで観光する「クリアボート・ツアー」が人気だそうですが、2000年当時は船底だけがガラスやアクリル板でクリアな「グラスボート」でした。グラスボートはそのときはじめて乗ったので、海中が見えるおもしろさがあると同時にちょっと怖さも感じていました。とはいっても、おそらく人目も気にせずはしゃいでるバカップルだったはず。
記憶を再現したイメージAI画像
Glass Bottom Boat in Cabo San Lucas
マーケットでの値切り体験
実はこのマーケットでの「値切り体験」がいちばん印象に残っていました。カボ・サン・ルーカスはスペイン語圏であるため、私たちもお店の人たちも第二言語の英語で話すためすべての会話がたどたどしい。そこにきて、こちらとしては「人生で初めての値引き交渉」ガイドブックに値切るのがあたりまえみたいに書いてはあってもなんか図々しい感じがして気が引ける。それでも勇気をだして「ディスカウントしてちょうだい」と一歩踏み出せ、値引きしてもらいました。
モントリオールでもそうだし、言語が違う環境に立った時の緊張感が記憶に残っている。このようにネガティブ情報が強く印象にのこる傾向(ネガティビティ・バイアス)があると心理学ではいわれています。そのせいか、旅行での楽しかった記憶が薄まってしまってた。だけど、今回YouTubeの映像を見てたらだんだんと記憶がよみがえり断片的だけども繋がってきている。
そのころの私は、いつも心のどこかで窮地にある実家のことが気がかりで何をやっても心から楽しめてなかったんだと思う。だから、彼女が笑ってくれていた印象が残っているのがせめてもの救いである。(「彼女の実家から私の実家を支援してもらおうよ」というオファーを彼女はしてくれてたんだけどね。巻き込むのが怖かった。)
記憶を再現したイメージAI画像
Shopping in Cabo San Lucas
新婚旅行 メキシコ
記憶を再現したイメージAI画像
ウィスラー村にある小さなログハウスの教会で挙式をして、Alta Lake の Lakeside Park でのガーデンパーティー。といっても、仲間内だけで料理もみんな持ち寄っていつも遊んでる公園での和気あいあいとした手作り披露宴。
記憶を再現したイメージAI画像
そのあとは、地元ウィスラーリゾートホテルのスイートルームに一泊(ガーデンパーティーに参加した人の多くが初夜に押し寄せ、スイートルーム見学会になってしまった)。翌日カンクンへ出発。このあたりの流れもほとんど彼女が計画している。やっぱり彼女すごいね。東京に住んでる(私にカナダでの働き先を紹介してれた)兄貴みたいな人に彼女を紹介するために訪れたときに「おまえにはもったいない」と何度も言われたことをよく覚えてる。
カンクン
この旅行の行先であるカンクンは、ウィスラー村の先輩から聞いた話が大きく影響している。当時のわたしは、カナダのすぐお隣のアメリカについてもどんな観光地があるのかほとんど知らないし、「行ける」、「行こう」、「行きたい」といった能動的な部分が欠けていた。その点、好奇心がとどまることを知らない彼女は常にアンテナを張っていていろんな情報を収集してくる。そして、カンクンはハネムーンの行先として人気の街だという。そして、コスメル島の海がすごく透き通っているらしい。
自分たちの場合はもう同棲してたから成田離婚てわけじゃないけど、お互いに新婚旅行で一気に疲れが出た感じで、ちょっと重い空気が漂う初日だった気がする。これまた記憶が曖昧なのですが、泊まったホテルはメキシコの伝統的な建築様式であるパルパ(ヤシの葉を編んだ屋根)だったと思う。部屋からそのまま海に入れたのかは記憶がさだかではないのだけどど、もしかしたらちょっとだけ泳いだかも?
部屋につくなり、ベットでぐったりしたのは覚えてる。そして夕方、近くのレストランだったのかホテルでだったのか相変わらす記憶はあいまい。現地で最初の食事となった夕食ではレストランで出される水や加熱してない料理にかなり警戒してた。悲しきかな、そんなつまらないことだけは覚えてる。旅行の計画を立てる時に彼女に任せっぱなしにして、自分でも調べたりしてないからまったく覚えていないんだよ。無関心過ぎる過去の自分にあきれてる。
Cancun
コスメル島
現地での行動はあくまで推測なのですが、やはりメインはコスメル島だったと思う。透き通ったどこまでも透明な海を思い描いてワクワクしていたのは紛れもない事実。単細胞の過去の私のパターンからすると、一人旅で訪れた「ナイアガラの滝」のときのように、当時の私が期待してたのはこの一点だったはず。
カナダのウィスラーの周辺でもきれいなエメラルドグリーンの湖があって泳ごうと思えば泳げるはす。そんな湖は見る分にはキレイだけど、幼い頃から海で泳ぐ習慣があった自分としてはあまりプールや湖では泳ぎたいという気持ちになっていなかった。
だけど、そんなの私の期待をコスメルの海は裏切らなかった。こんなにキレイな海があるのか。本当にビーチの水辺で腰のあたりまで入っても足元まで透き通って見えてる。さすがにこの時はテンション爆上がりで、旅の疲れが一気に吹っ飛んだ。
記憶を再現したイメージAI画像
Cozumel Island
シュノーケリング
この透明な海を楽しむために、シュノーケリングも体験。ボンベを背負う水中を泳ぐスキューバダイビングと違ってシュノーケルをくわえて水中を眺めながら海水面近くを泳ぐスタイル。日本の海でもサザエとりなどでやってたから慣れてるつもりだったけど、水中に見とれて思わず顔を沈めてしまったのか何度か水がシュノーケルにはいってゴホゴホしてた。ふしぎと、YouTubeの映像などを見てるうちに当時の楽しかった映像はなんとなく脳裏に浮かぶのだけど、当時の体験として思い出すのは楽しいことというよりちょっとトラブったような体験ばかりを記憶してるようです。
記憶を再現したイメージAI画像
Snorkeling in Cozumel
ノホチ・ムル (Nohoch Mul Pyramid) コバ
当時私たちが登った険しい岩のピラミッドの名はイシュモジャ(Ixmoja)で高さ42mの巨大ピラミッド。ユカタン半島で2番目の高さを誇り、古代マヤの大都市であるコバの巨大な遺跡のひとつです。 またの名をノホチ・ムル (Nohoch Mul): このイシュモジャピラミッドを含む「建造物グループ(群)」の名称で、マヤ語で「大きな丘( mounds)」を意味しています。このピラミッドはしばらく登れなかったようですが、現在は木製の階段が設置されていて、木製の階段を登れるようです。
当時はまだ石段を直接登ることが出来て頂上付近までくると結構きつかったです。だけど、頂上まで登りきり周りを見渡してみるとあたり一面が木々の緑で覆われた真っ直ぐな地平線が広がっている。まるで自分たちがジャングルに浮かぶ要塞にいるようで不思議な感覚でした。そして、汗が滲んだ肌に風にあたりここちよかった。このときは、ピラミッドの頂上まで登るのはちょっときつかったけど二人で成し遂げた感があったな。
記憶を再現したイメージAI画像
Coba and the Nohoch Mul Pyramids
チチェン・イッツァ ユカタン半島
カンクンから197㎞車やバスで2時間半から3時間半。こちらのマヤ遺跡は、ノホチ・ムルよりも圧倒的に有名らしい。カンクンからノホチ・ムルまでは134㎞車やバスで2時間から3時間半。この2つの遺跡を1日でまわるツアーがカンクンから出てるらしい。おそらくこの2つの遺跡を1日でまわってると思う。
ククルカン神殿と大球戯場とセノテ・サグラド(巨大な天然の井戸)は訪れた記憶がかすかにある。だけど、ノホチ・ムルのときのような感動がなかったかな。多分だけど、一カ所目のノホチ・ムルで結構疲れてチチェン・イッツァに来た頃にはしんどいと思いながら歩き回ってた気がするな。二人の性格から考えると、飽きっぽい私は最初の3カ所で飽きてきたことは想像できる。いっぽう、彼女はもっといろいろ見たいだけど、「歩き疲れ」とのせめぎ合い。
AIが考えた観光プランはもちろん彼女の思い描いたものに近いはずだ。だけど、千本柱の神殿や天文台を見たのかまるで自信がない。彼女が相当しんどかったら、なくなく諦めてたかもしれない。
記憶を再現したイメージAI画像
出典:Copilot
ユネスコ世界遺産(1988年) → 国際的な保護と知名度を獲得。
新・世界七不思議に選ばれている(2007年) → 世界的なブランド力が桁違い。
年間約250万人が訪れるメキシコ屈指の観光地 → コバより圧倒的に多い。
エル・カスティージョ(ククルカン神殿)の象徴性 → 世界中の写真・ガイドブックに登場する“マヤ遺跡の顔
主な見どころ(徒歩で回る順路のイメージ)
エル・カスティージョ(ククルカン神殿)
大球戯場(世界最大級)
千本柱の神殿
聖なるセノーテ
天文台(エル・カラコル)
封印の神殿群
これらをつなぐと、だいたい3〜4kmのウォーキングになります。
Chichen Itza
バンフ旅行 Camping Road Trip
バンフといえば、カナダの大自然を満喫できる有名な観光地ですよね。そのため、お世話好きの彼女は観光案内で何度か訪れている。日本から来た友達と、バンフと赤毛のアンの聖地プリンスエドワード島へいったり、たしかご両親のバンフ観光もアテンドしてたはず。彼女の愛車はアメ車5LV8クラスのリンカーンもしくはキャデラックの超オンボロ車でした。しかし、トルクが化け物でロッキー山脈を駆け抜けるにはもってこいの存在でした。この子は彼女が所有してた時に2回バンフ(1回は友達夫婦が使ってる)に行ってる。
どうも、記憶が曖昧なのだけど僕ら二人のときは新しい車でいったのかもしれない。
彼女が「世界の歩き方」をもとに立てたであろうバンフの主要な観光地を網羅する旅行プランを私の断片的な記憶とマッチする形になるようAIに推測してもらった。
1日目 ウィスラー → カムループス 移動
2日目 カムループス → ヨーホー エメラルドレイク、タカカウ滝
3日目 ヨーホー → レイクルイーズ レイクルイーズ、モレーンレイク
4日目 レイクルイーズ周辺 ボウレイク、ペイトレイク、コロンビア・アイスフィールド
5日目 レイクルイーズ → ケローナ オカナガンレイク
6日目 ケローナ → ウィスラー 帰還
おそらく彼女の性格からすると、ほぼこの旅程であったと思う。
さあ、これからご覧いただくバンフの湖ですが、それぞれ色合いがちがっています。日本ではあまり目にしない色ばかりではないかと思います。このような湖の色は氷河が岩を削り、 小麦粉のように細かい粒子(ロックフラワー)が水に混ざり、青い光を強く散乱し、赤い光を吸収しているからだそうです。そして、粒子の量で色合いが違っているというのです。
多い → 白濁したミルキーグリーン
中くらい → 明るいターコイズ
少ない → 透明度が上がり深い青
出典:Copilot
エメラルドレイク (湖水の色:緑が強い明るい青緑)
Emerald Green / Turquoise エメラルドグリーン
ウィスラーからバンフに向かうときにルート的に一番最初に立ち寄るであろうヨーホー国立公園にあるエメラルドレイク。ウィスラーにもグリーンレイクというエメラルドレイクの2倍ほど大きな湖があり湖水の色味は「乳白色が混ざったような明るい黄緑」でかなり綺麗な色をしています。
エメラルドレイクですがウィスラーのチーカマスレイクで感じた透明感(透明感のあるターコイズ(Turquoise Blue))と通じるものがあり、色味は違うのですがまさに透明感のあるエメラルドグリーンが美しい湖水だという印象です。そして、なんといっても視覚的な印象としてはウィスラーで見ていたグリーンレイクにくらべてエメラルドレイクでは視界のほとんどが山で覆われ、圧倒的なスケール感から山が迫りくるような高さを感じました。しかし、なんと湖面と周囲の山との高低差を数値でみるとグリーンレイク(周囲の山との標高差約2259m)、エメラルドレイク(周囲の山との標高差約1297m)という以外な結果でした。
記憶を再現したイメージAI画像
Emerald Lake
タカカウ滝 (滝つぼの水の色:白濁した薄い青緑)
Milky Blue / Milky Green ミルキーターコイズ
以前の一人旅でナイアガラ滝に圧倒されて感銘を受けていた自分としては、カナダで2番目に高い滝でまるで霧の滝みたいなところだといわれても、「え ナイアガラを超えるような驚く滝はないでしょ。」みたいな感じで彼女の好奇心に水を差すような態度だった気がする。
確かに、滝を流れ落ちる水量では比較にならないのだろうけども、切りった高い岩山から落ちてくる水はエネルギーにみちている。そして、激しく岩肌にあたりながら最後には霧のように変わるさまはまた違った味わいのある体験でした。
記憶を再現したイメージAI画像
名前の由来「タカカウ」とは先住民族のクリー語で「壮大だ」「素晴らしいという意味を持ちます。
圧倒的な落差: 全高は約
373~384m に達し、カナダで2番目に高い滝とされています。自由落下する主瀑部分だけでも約 254m あり、有名なナイアガラの滝(約 50m~60m)の数倍の高さがあります。出典:Google AI
Takakkaw Falls
レイクルイーズ (湖水の色:明るいターコイズブルー)
Turquoise / Glacial Blue ターコイズブルー
湖岸まで駐車場から歩いてすぐ行けるバンフの中でもとてもアクセスしやすい湖です。そういえば、2000年頃のその当時でも湖のすぐ際まで舗装されてて自然が生み出すターコイズブルーの水面とアスファルトのギャップが印象的でした。そのおかげで、観光客は身構える必要もなく気軽に立ち寄れる。そんなところも人気の要因なのかも知れません。
綺麗に整備されて品の良い観光地という雰囲気があるため、トレッキングシューズを履いてハイクやキャンプするような人たちにとてはなんかちょっと波長が合わないかもです。
記憶を再現したイメージAI画像
レイク・ルイーズは、1890年にカナダ太平洋鉄道によって「山岳リゾート」として最初期に開発され、イギリスのヴィクトリア女王の娘「ルイーズ王女」にちなんで名付けられたという高貴なバックグラウンドがあります。そして、カナディアンロッキーに来たら必ず訪れるべき王道中の王道。 出典:Google AI
Lake Louise
モレーンレイク (湖水の色:深みのある鮮やかな青緑)
Deep Turquoise / Glacial Blue 深いターコイズ
このモレーンレイクとテンピークスの景色はかつてカナダの20ドル紙幣の裏面に採用されていました。つまり、バンフの代表的な景色といっても過言ではありません。色が綺麗な湖は他にもあるけども、背景の険しい山々との組み合わせが何とも言えないピクチャースポットです。
記憶を再現したイメージAI画像
道が狭く、現在は一般車両の通行が禁止(シャトルバスのみ)されるほどアクセスが制限されています。このように、車両規制が厳しいため「レイク・ルイーズには行けたけど、モレーンレイクは諦めた」という旅行者も増えています。出典:Google AI
Moraine Lake
ボウレイク (湖水の色:白っぽい水色(季節で濁りが強い))
Powder Blue / Milky Blue パウダーブルー
アイスフィールドパークウェイを北上して行くと、左手に見えてくるハイウェイ沿いの湖なのですが添付してるYouTube動画の1分くらいのところに出てくるCrowfoot Glacierで有名みたいです。
つまり、「カラスの足の形をした氷河」ということで、ボウレイクより少し南にあるヘクターレイクとボウレイクの間にそびえるCrowfoot Mountainにその氷河があります。
記憶を再現したイメージAI画像
「山の中腹にカラスの足が置かれている」ような光景ですよね。この氷河については、少し切ないエピソードもあります。
クロウフット氷河の「指」の変化
かつては3本あった: 1900年代初頭の発見当時は、名前の通りはっきりと3本の指に分かれた形をしていました。現在は実質2本: 地球温暖化の影響で一番下の「指」の部分がほとんど溶けて消失してしまい、現在は「2本半」あるいは「2本」のようにしか見えなくなっています。出典:Google AI
Bow Lake
ペイトレイク (湖水の色:絵の具のような明るい水色)
Turquoise / Powder Blue 絵の具のような水色
はたして当時、彼女からクイズが出題さてたのか覚えていませんが、皆さんには湖の形が何に見えるでしょうか? わかりますか、ヒントは動物です。
旅のルートからすると、おそらく一番最後に訪れた湖で、湖岸近くまでは行ってなくて高台にあるハイウィのビューポイントから見た記憶があります。これまで、バンフで見た湖はどれも綺麗でしたが、わりとグリーン系の色が続いてました。そこきて、この鮮やかなブルーに衝撃を覚えたことを記憶しています。私個人的には一番好きな色でした。
記憶を再現したイメージAI画像
「何に見える?」 はAIからのクイズでした。
オオカミ(Wolf): 最も一般的な表現で、現地のガイドや写真家の間では「Wolf’s Head Lake(オオカミの頭の湖)」とも呼ばれています。キツネ(Fox): 日本語のガイドブックや紹介サイトでは、そのシュッとした鼻先や耳の形から「キツネ」と表現されることも多いです。その他: 稀に「犬(Dog)」や「グリズリーベア(クマ)」、あるいは「恐竜の足」に見えるという人もいます。一度「オオカミ」や「キツネ」の頭だと思って眺めると、突き出した鼻先やピンと立った耳の形がはっきりと浮かび上がって見えてきますよね。出典:Google AI
Peyto Lake
コロンビア・アイスフィールド Athabasca Glacier
巨大な雪上車(アイス・エクスプローラー)に乗って氷河の上を観光できるツアーは、カナダ国内だけでなく世界的に見てもコロンビア大氷原(アサバスカ氷河)だけです。出典:Google AI
雪上車のサイズも随分と変化しているようです。当時はBrewster Snocoach / eary Ice Explorer と呼ばれ乗客数は30名前後でした。現在はIce Explorer 全長12m以上 重量25トン 乗客56名 タイヤは高さ1.3mの超大型
記憶を再現したイメージAI画像
COLUMBIA ICEFIELD Glacier Adventure Tour
アラスカ旅行 Backpacking
彼女からの突然の提案にビックリしたアラスカ行きの話し。ウィスラーにはこれまでにいろんなところを旅した日本人が結構いたりして、そのたびに刺激を受けていました。だから、旅行先も先駆者の影響を受けて自分たちも行ってみるみたいな感じが多かったように思う。もとは同じ日本食レストランで働いていた彼女でしたが、そのころは職場をカナダ企業に変えブラッコムマウンテンで働いていたので、情報ソースの幅が広がっていてカナダ人からの影響だったのかもしれない。
ほんとに行けるのかな?と懐疑的な私でしたが、「まあ何とかなるだろ」とでかいバックパックにテント、寝袋を背負って出発。このときも、いつものように立案、計画は彼女。わたしはついて行くみたいな。
この旅の経路についてもCopilotに尋ねて2000年頃の時代背景を探りながら、彼女の旅のお供「地球の歩き方」の情報もチェックして、当時の状況に合致するように再現したものです。夏のアラスカ旅は若いバックパッカーに人気があったようです。
当時の旅の流れを“記憶ベース”で復元するとこうなる by AI
当時のガイドブックの定番ルートを合わせると、かなり自然に一本の線になります。
1. フェリーでアラスカへ(インサイド・パッセージ)
- バンクーバー島 → ポートハーディ
- ポートハーディ → プリンスルパート
- プリンスルパート → スキャグウェイ(AMHS)
2. スキャグウェイ → ホワイトホース → フェアバンクス
- クロンダイク・ハイウェイ
- ホワイトホースで1泊した可能性も高い(多くの旅人がそう)
3. フェアバンクス → デナリ国立公園(1泊)
- 奇跡的にマッキンリー山頂が見えた
- これは本当にレアな体験
4. デナリ → フェアバンクス(再び)
- 多くの旅人はここで補給
- そして 白夜を体験するのはこのタイミングが最も自然
5. フェアバンクス → アラスカ・ハイウェイ → バンクーバーへ陸路帰還
- トク
- ホワイトホース
- ワトソンレイク
- フォートネルソン
- プリンスジョージ
- バンクーバーへ
出典:Copilot
バンクバーアイランドよりフェリーで北上
アラスカに行くといっても、夏の旅なのでそれほど厳重な防寒着の準備はしてなくて大丈夫でした。移動の服装は半袖半ズボンにトレッキングシューズ、そしてサングラス、二人とも結構日焼けしてた。一応、トレーナーとスキーウェアは持っていったと記憶してる。
ウィスラー➔ グレイハウンドバス ➔ノースバンクーバー
ノースバンクーバー➔ BCフェリー ➔バンクーバーアイランド ナナイモ
ナナイモ➔ グレイハウンドバス ➔ポートハーディ
ポートハーディ➔ BCフェリー ➔プリンスルパート
プリンスルパート➔ アラス・マリン・ハイウェイ
ジュノー➔ トレーシー・アームのソーヤー氷河(観光船)
➔スカグウェイ
「インサイドパッセージ」の北上ルート
当時のアラスカフェリーは、バックパッカーが寝袋を持ってデッキやラウンジで雑魚寝することが許可されていたようです。
当時の状況からすると、フェリーを一度乗り換えしているようです。私の記憶では、昼間はデッキのチェアでくつろぎながらホエールウォッチングしてました。結構たいくつな船旅でしたが実際にクジラを見ましたよ。夜は個室に泊まったのか記憶が定かではないですが、おそらく寝袋使って雑魚寝してたと思う。ふたりで話してたのは、汚い恰好をしてれば盗難みたいな被害にあわないはずということで、あえて小汚い恰好をしようと話してました。
記憶を再現したイメージAI画像
Port Hardy to Prince Rupert
トレーシーアーム/ソーヤ氷河
アメリカ・アラスカ州のジュノー南方に位置する「ソーヤー氷河」は、切り立ったフィヨルド(トレーシー・アーム)の最奥部にある巨大な氷河です。鮮やかなブルーの氷壁が特徴で、アラスカ・クルーズのハイライトとして、ノース・ソーヤーとサウス・ソーヤーの2つの氷河を船上から間近に観覧できます。出典:Google AI
当時の記憶では、海に崩れ落ちる氷河の高さは50mくらいあるということでした。安全な距離にいる観光船から見るとそんなに高い実感は湧かないのだけど、迫力はなかなかのものでした。
ご記憶の通り、船上からの解説やツアーでの説明では、海面から突き出た氷壁(氷河の先端部)の高さは約50m(約150フィート)〜60mほどあると案内されます。出典:Google AI
記憶を再現したイメージAI画像
South Sawyer Glacier, Tracy Arm
デナリ公園 マウントマッキンリー
フェリーで上陸したのはおそらくアラスカ州のスカグウェイ。
往路:スカグウェイ➔ バス ➔ホワイトホース➔ アラスカハイウェイ
スカグウエイからホワイトホース、そしてフェアバンクスへと、そこからさらにバスでデナリへと向かっているはずです。このたりはおそらく寝てると思うからまったく記憶にない。
ワクワクドキドキしてきたのはデナリ公園内をバスで移動したときですが、出発前にブリーフィングを受けてからバスに乗り込みます。バスに乗ったら、だんだんと緊張してきたのを覚えてる。だってデナリ公園内にグリズリーが300~350頭ほどいるらしい。安全対策はしっかり行われているから、ルールを守ればリスクを最小限に抑える事ができるみたいだけどやっぱり怖いのが本音ですね。
キャンプサイトに着きテントを設営してたら、日本人の男性ソロキャンパーに出会いました。お互いに久しぶりの日本人遭遇で3人で意気投合したようです。年齢もほとんど同じかややお兄さんくらいだったと思う。食事の最後は味を覚えたマシュマロ焼きで締めて寝袋でおやすみ。
僕らは1泊のみ、お兄さんは何泊かするみたいでした。マッキンリーをみれるのは奇跡と言われていました。バス移動した当日は曇りだったのでもちろん山頂は拝めず。キャンプサイトからは雲に覆われたマッキンリーの足元だけをみてる状態だったので、みんなで山頂が見えた時に見上げる角度を想像しながら妄想を膨らませていました。
僕らは目覚ましを使うような生活をしてなかったから、翌朝たまたま早く目が覚めてテントの外に出て何気なくマッキンリーの方を見てみたら昨日と違って雲が少なくて、「え、こんなに山頂は高いんだ」と、どんどん視線を上げていったら昨日想像してた3倍くらい上のところに頂上がかすかに見えた。「わ、ラッキー」「おお、今日は晴れてマッキンリーが良く見えるぞ」という気持ちの高鳴りと、まだ二人寝てるからたたき起こすのかわいそうかな。「たぶん空はもっときれいに晴れるさ」なんてもじもじしてるうちにまた雲で頂上が見えなくなってしまった。写真もないから、作り話に思われても仕方ない。とにかく、あのとき彼女をたたき起こせばよかった。もちろん隣のテントのお兄さんも。
下のAI画像のように、デナリ公園内はなだらかな丘陵地帯で前日は低い雲が広がっていて、比較する山が無い広い大地では空が低く感じるのと同じだと思ってた。下の画像でマッキンリーのすそ野にかかる霧の部分に何もなくて、その上の部分が雲で隠れてた。それくらいの比率でした。まだ粘ると言ってたお兄さんと分かれてデナリに別れを告げました。
記憶を再現したイメージAI画像
夏のデナリの平均気温(6月〜8月)
データによると、夏のデナリ(Summit Wso Airport付近)の平均気温は以下の通りです。
最高気温: 14°C 〜 16°C 前後
最低気温: 4°C 〜 6°C 前後
日中は20°Cを超えることもあれば、雨が降ると日中でも10°C以下まで下がることがあります。特にキャンプの場合、地面からの冷え込みや夜間の冷気が厳しいため、日本の晩秋〜初冬くらいの装備をイメージしておくのが安全です。
マウントマッキンリーを見れる確率は
デナリ(マッキンリー)の山頂がはっきりと見える確率は、一般的に「30%程度」と言われています。現地では、山を見ることができた幸運な人たちのことを「30%クラブ」と呼ぶこともあるほどです。
1. なぜ見ることが難しいのか?
デナリはその巨大さ(標高約6,190m)ゆえに、自ら天候を作り出す性質を持っています。
独自の気象系: 太平洋からの湿った空気が高い山脈にぶつかることで雲が発生しやすく、麓が晴れていても山頂だけが厚い雲に覆われていることが頻繁にあります。
夏の天候: 6月から8月の夏季は、アラスカの内陸部で嵐が発生しやすかったり、曇天や雨の日が多かったりするため、視界が遮られやすい傾向にあります。
2. 確率を上げるためのポイント
「30%」という数字は1日の訪問者に基づいたものが多いですが、滞在方法によって確率は大きく変わります。
滞在日数: 統計的には、3日間滞在すれば少なくとも1日は山を拝めるチャンスがあると言われています。ある調査データでは、4日間滞在した人の約85%が山を見ることができたという結果もあります。
デナリ
山の裾野(基部)の標高はわずか約600mほどしかありません。
つまり、目に見える「地面から頂上までの高さ(比高)」は約5,500m以上あり、これは陸上にある山としては世界最大です。周囲に同じような高さの山がない平原や低山地帯から一気にそびえ立っているため、実際よりもさらに巨大で孤高な存在に見えるのです。
出典:Google AI
Green Bus Tour
How to Visit Alaska’s National Parks
フェアバンクスで白夜を体験
冬であれば、ノーザンライトが見れるフェアバンクスですが、夏は白夜です。僕らのテントは青色だったかな。テントに入って、寝袋には入ってもうまく寝付けない。テントがずっと明るくて。真夏の日照りが夜も続くという訳ではないのだけども、とにかく暗くならない。たぶん「安眠用アイマスク」でも持っていかないと寝れないんじゃないかな。下のAI画像よりももっと明るかった。おかげで、翌日のバスの中では爆睡。
The Midnight Sun: Summer in Fairbanks,Alaska
Tracking the Midnight Sun in Alaska
記憶を再現したイメージAI画像
冬のフェアバンクスでノーザンライト
ノーザンライトはウィスラーでも極まれに見れることがあった。だけど、フェアバンクスのようには鮮明ではなかったですね。YouTubeでノーザンライトを見てみて下さい。
Fairbanks Night in Winter
アメリカ国立公園めぐり Camping Road Trip
旅のはじめはいつものように、彼女の発案からはじまる。当時の自分は、彼女のやりたいことをかなえるのが自分の役割みたいに思っていたふしがある。この旅もついて行くのが大変だったけど、今思えばいい思い出だ。
私たちの周りには、イエローストーンに行ってきたとか、ラスベガスに行ってきたとか、マウイにいってきたとかそれぞれの行先にしばらく滞在して楽しむスタイルの人達が多かった。それらとは一線を画して、彼女のプランは貪欲で攻めのスタイル。こんなふうに書くと誤解されそうだけど、彼女はやさしくて、思いやりもあり、ジーンズの膝に穴が開くようにしてまで献身的に接客するタイプ。そして、断れないタイプ。その反動もあり、家では甘えん坊さん。それでいて、二人で浴衣着てナイトバー行ったとき(ハロウィンだったのかな、でもちょっと季節外れで寒そう)、ちょっと強面のカナダ人にわたしが絡まれそうになった時に体を張って守りにくる勇敢な人なんです。そんな男前なひと。
それで、彼女の旅のプランなのですが、大まかなルートだけ決まっていて、そのたびに取捨選択をして出来るだけ多くをまわりたかったのだと思う。彼女の頭の中では「ここは絶対に外せない」「ここは行けそうなら行きたい」みたいな候補地のランク分けがなされていていたように思う。「今日は最低でもここまでは移動しておきたい。」宿泊はキャンプ場のときもあるし、場合によっては車中泊もあった。お互いに初めて行く土地ばかりだから当たり前なんですが、とにかくスマホのない時代に「現在地」と「観光したい候補地」と「残り時間」を考えてその場その場で決めていた。今思うと、まるで利益の最大化を図る経営者のようですよね。すごいよね。
今の時代だから、AIで「地球の歩き方」を参考にして簡易ガイドブックを作ってもらいました。イエローストーン国立公園は日本の四国の愛媛を除く3県(香川、高知、徳島)と同じくらいの広大な面積であるため、出来ることならゆっくりとまわりたい観光スポットです。とは言え、ほかにも見たところがあるから、彼女も相当悩ましかったはず。私の断片的な記憶と照らし合わせてみても、Google Map の写真をみて見覚えがあるなと思うのは左側のルートを南下しているはず。
たぶん観光できたポイント
彼女が本当は行きたかったんじゃないかな?
🐻 イエローストーン国立公園
簡易ガイドブック(地球の歩き方・風)
※おすすめ度は ★★★(必見)/★★(おすすめ)/★(時間があれば)
🌈 【A:必見スポット(★★★)】
● グランド・プリズマティック・スプリング(Grand Prismatic Spring)
- アメリカ最大の温泉。虹色の巨大な熱泉。
- 上からの展望台ルートが特に人気。
● オールド・フェイスフル(Old Faithful)
- 世界で最も有名な間欠泉。60〜110分ごとに噴出。
- 上部ガイザーベイスン全体が見どころ。
● ロウアー・フォールズ(Lower Falls)/アーティスト・ポイント
- イエローストーン渓谷の象徴。308フィートの大滝。
- 朝の光で虹が出ることも。
● マンモス・ホットスプリングス(Mammoth Hot Springs)
- 石灰棚が階段状に広がる独特の景観。
- 白いテラスと蒸気が幻想的。
● ラマー・バレー(Lamar Valley)
- “アメリカのサバンナ”。バイソン・オオカミ・エルクの宝庫。
- 朝夕がベスト。
🌋 【B:おすすめスポット(★★)】
● ノリス・ガイザーベイスン(Norris Geyser Basin)
- 最も高温で活動的な地熱地帯。
- スチームボートガイザーで有名。
● アッパー・ガイザーベイスン(Upper Geyser Basin)
- 世界最大級の間欠泉密集地帯。
- モーニンググローリープールもここ。
● ヘイデン・バレー(Hayden Valley)
- ラマーと並ぶ野生動物観察地。
- 霧の朝が特に美しい。
● ウェストサム・ガイザーベイスン(West Thumb)
- イエローストーン湖畔の地熱地帯。
- 湖と温泉の組み合わせが独特。
🌲 【C:時間があれば(★)】
● タワー・フォール(Tower Fall)
- 40mの滝と尖塔状の岩が特徴。
● イエローストーン湖(Yellowstone Lake)
- 北米最大級の高地湖。
- 静かな景観を楽しむ向き。
● アッパー・フォールズ(Upper Falls)
- ロウアーより小さいが迫力あり。
🗺 モデルコース(1日〜2日)
● 1日で主要スポットを回るなら
- オールドフェイスフル(★★★)
- アッパーガイザーベイスン(★★)
- グランドプリズマティック(★★★)
- ノリスガイザーベイスン(★★)
- アーティストポイント(★★★)
出典:Copilot
本当は、Googl Map の写しには表示されてない中央にある Norris Canyon Rd を使って左上から逆S字のコースを通って主要ポイントを制覇したかったはず。さすがに、こういうところは事前に話し合っていないとね。こういう時にこそ計画に参加してほしかったんだろうな。ごめんね。
イエローストーンのオールド・フェイスフル間欠泉
イエローストーンの見どころは多く、だけども2週間のペイドホリデーをすべて使うには私たち二人にはもてあましそう。各観光スポットでトレッキングを楽しみたい、ゆったりとしながらキャンピングを楽しみたいという人にはいいかもしれない。
私たちが訪れた先でいちばん私の記憶に残っているのは、やはりオールド・フェイスフル間欠泉。日本では別府温泉の竜巻地獄という間欠泉があり、小学生のころに連れて行ってもらいました。小学生にとっては十分驚きのレベルだったのですが、イエローストーンの間欠泉といったらスケールが違い過ぎてびっくり。
記憶を再現したイメージAI画像
Geysers and Springs of Yellowstone / National Geographic
YELLOWSTONE NATIONAL PARK | Best Things To Do In Yellowstone
ソルトレイク ボンネビル・ソルトフラッツ
僕らの旅は、駆け足といえば駆け足なのだろうけど、なんとなくこれが性に合ってるのかも知れない。旅の予算もあるし、ひと月あるいはふた月みたいな長期休暇でもない。この点でもめたことは無かった。イエローストーンを後にして、南下するとソルトレイク。
Google Map でイエローストーンから南下するとR15のすぐ横にグレートソルトレイクがあるのでそこで記念写真を撮ってすぐに移動したのかと思ってたけど、塩の大地で記念写真をした記憶からすると、Bonneville Salt Flats に立ち寄ったことになる。調べてみると車で片道1.5時間、記念撮影15分といったところだろう。まあまあの寄り道になるけど、ここに立ち寄ってないと彼女は後悔するだろう。
記憶を再現したイメージAI画像
Bonneville Salt Flats
アーチーズ国立公園
ソルトレイクで塩湖での記念写真が撮れた後さらに南下してアンテロープキャニオンとグランドキャニオンへ行ったのは100%確定。最初はソルトレイクから真っ直ぐ南下してブライスキャニオンに立ち寄ったかと思ったのだけど、赤岩のアーチのところは多分行ったと思う。そんなことも覚えてないのかと怒られそうだけどね。Mapをみてると、Moabという地名になんとなく見覚えがある気がするし、そのMoabはアーチズ国立公園の玄関口になっている。
しかし、調べてみるとアーチズ公園内にはいろんなアーチが点在しているためすべてを見てるのではなく、代表的なところだけみて移動してるはず。Googl Map の写真を見漁ってみたものの「これだ!」とヒットするものがなく、どれもちょとづつ違う。もしかしたら、私の妄想なのかもしれないが、グランドキャニオンに行くことはわかっていて似たような景観のブライスキャニオンにいくことはないだろう。また、ブライスキャニオンにある赤岩のアーチは「見下ろす景観」だし、わたしのおぼろげな記憶では「赤岩のアーチを見上げる景観」なので食い違う。
記憶を再現したイメージAI画像
Arches National Park
アンテロープ・キャニオン
Antelope Canyon は Upper と Lower の2カ所に分かれているようです。私の記憶にハッキリと残っているのはUpper側です。ここアンテロープはナバホ砂岩(Navajo Sandstone)という非常に緻密な岩石が水の流れによって浸食されて造形された自然のアート作品といった感じ。光のあたり方で、砂岩の色が違って見える幻想的な空間。実は今でも洪水が起きれば鉄砲水が通る水路であるため足元には砂が堆積しています。そのため、足元がフラットで歩きやすかたですよ。
Lower側に行ったかはよく分からない。YouTubeの映像からすると結構狭いところや、急な階段を通っているから印象に残りそうな気もするのだけど。旅行の計画の段階でちゃんと参加してたら「こんなところで悩まないだろ」って感じですね。
Upper側とLower側は距離にして約7㎞、車で10~15分といったところなのですが、ツアーのチェックインなど考えると2時間から2時間半くらいは間隔をあけて予約しないといけないようです。それに「地球の歩き方」の傾向からすると『光のカーテン(ザ・ビーム)を見たい人にはアッパー・アンテロープが適しており、特に体力的に安心な平坦な地形が王道として推奨』とのこと。[by Google AI] そういうことまで考えるとおそらくUpper側だけ見てると思う。
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Antelope Canyon: Upper vs Lower
グランド・キャニオン
サウスリムの駐車場から少し歩いたら、Mather Point はすぐにある。そして、テレビで何度も見てた景色が一気に広がり「おお~!」って感じで感動したのだけど、ものすごく対岸が遠く感じた。それもそのはずで、対岸まで直線距離にして16㎞~18㎞もあるらしい。そして、谷底には意外にも緑地が見えこのあたりも相当に遠いのがわかる。そして、その緑地までいけばコロラド川を見ることが出来るはず。だから、渓谷の緑地を見てしまうとなぜか惹かれて妙に行きたくなる。
グランドキャニオンの楽しみ方としてよくヘリフライトが紹介されている印象があり、調べてみたら25~30分のフライトで一人250~350ドルだということです。今でもちょっと躊躇するけど、当時の僕たちにはまずない選択肢ですね。
記憶を再現したイメージAI画像
The Best View of the Grand Canyon
おそらく、グランドキャニオンを訪れたひとは渓谷にも興味をもたれることでしょう。ただし、問題なのはそのけた外れの大きさ故、渓谷の緑地まで行こうか躊躇してしまう。そこで、渓谷まで行けるブライトエンジェルトレイルを雄のロバと雌の馬を交配によって生まれたラバでツアー客を運ぶサービスもある。
僕たちはラバに乗るほどのゆとりもない相変わらずの貧乏旅行なので、「とにかく歩けるところまで歩いてみよう。」ということで、トレイルを下り出したのだけどギザギザに折り返す岩道を繰り返し歩いていると、だんだんと「こんなに下ってしまってきたけど、歩いて登ってもどれるかな?」という不安に襲われ断念してます。YouTubeで紹介しているご夫婦はすごいです。
記憶を再現したイメージAI画像
今回の旅で、わたしにとってイメージできる目的地だったのがグランドキャニオン、ソルトレイクの塩湖とラスベガスくらいでした。他の場所も行くたびに、驚き感動しているんですよ。ただ知らなかっただけで。
Grand Canyon Hike / Down, Up, Down in One Day | Bright Angel Trail
ラスベガス
これまでずーっと自然をめぐる旅を続けてきて、この旅で立ち寄った唯一の街がラスベガス。ラスベガスはどうしても合法的なギャンブルの街という印象が強いのですが、すてきなショーを楽しむために訪れるひとも多いのです。
ぼくらは二人ともギャンブルに興味はなく、記念にほんのちょっとだけスロットルでもやってみうかと話してた程度。それなのに、私の脳裏にすごく記憶がのこっているシーンがある。それが、AI画像で再現したシーン。これまで、自然の中でキャンプしたり、車中泊をつづけてて暗い環境があたりまえで、その日はグランドキャニオンからの移動時間がちょっと遅くなっていた。ユタ州の荒野を走るR93をラスベガスに向かっていると、突如として現れる夜空に刺さる線光と浮かび上がる光の街が印象的でした。
たしか、ラスベガスだっかのかな。いよいよ疲れが溜まり、ホテルに泊まろといことになった気がする。そして、ほんの少しだけスロットタイム。
記憶を再現したイメージAI画像
とても長い動画なので7:30:00あたりから見ると、R93を夜間に走っている景色を見れます。私の心に残っている印象はかなりデフォルメされているかもしれません。しかし、たしかに線光は夜空に向かって伸びていた。
New Mexico to Las Vegas
Las Vegas 4K
ヨセミテ
さあ、いよいよ2週間の旅の最後の目的地となります。ラスベガスから北西へヨセミテに向かうということは、デスバレーを通るのが自然な流れとなります。ヨセミテに向かうルートにまつわる情報をAIで調べてら気になる聞き覚えのあるワードが浮上「バッドウォーター・ベイスン」海抜マイナス86m北米でもっと低い地点の塩湖。塩原を歩いた体験はソルトレイクと記憶が混乱してるかもしれない。
そして、ヨセミテ国立公園に入り最初のパーキングに車を止めたら、いきなりそびえたつ巨岩が目に入る。その岩はロッククライミングで有名なエル・キャピタン。単独の巨岩としては世界最大級で高さはなんと約1000m。ウィスラーの隣町スコーミッシュにもロッククライミングで人気のあるスタワマス・チーフという巨岩があり十分大きいと思っていたんですが、数字で比較するとエルキャピタンはスタワマス・チーフのおよそ2倍というから改めてびっくりするスケールです。
記憶を再現したイメージAI画像
見どころガイドにヨセミテ滝がありGoogl Map の写真でもかなり迫力がある。しかし、「何だか覚えがないな。」なんて思いながらさらにAIで調べてみると、また聞き覚えのあるワード「ブライダルベール滝」がでてきた。おそらく私たちは7月にいってると思うのだけど、その時期にはヨセミテ滝の水はほとんど流れていないようだけど、ブライダルベール滝なら水が少しながれている様子を見た可能性があるようだ。
記憶を再現したイメージAI画像
🏞 ヨセミテ国立公園:見どころ簡易ガイド(全年版)
⭐⭐⭐ 1. トンネルビュー(Tunnel View)
ヨセミテの“顔”。 エルキャピタン、ブライダルベール滝、ハーフドームが一望できる王道の絶景。
⭐⭐⭐ 2. グレイシャーポイント(Glacier Point)
ハーフドームを真正面から見下ろす圧巻の展望台。 夕景・夜景も美しい。
⭐⭐⭐ 3. エル・キャピタン(El Capitan)
世界的なクライミングの聖地。 巨大な一枚岩を見上げる迫力は唯一無二。
⭐⭐⭐ 4. ヨセミテ滝(Yosemite Falls)
北米最大級の落差を誇る三段滝。 ※季節によって水量が大きく変わる。
⭐⭐ 5. グランド・プリズマティック…ではなく、ヨセミテの“谷底散策”
(※イエローストーンと混同しないように) 谷底の草原、川沿いの散策路、鏡のようなリフレクションが魅力。
⭐⭐ 6. マリポサグローブ(Mariposa Grove)
巨大セコイアの森。 “グリズリージャイアント”などの巨木が見どころ。
⭐⭐ 7. センチネルブリッジ(Sentinel Bridge)
川に映るハーフドームの写真スポット。
⭐ 8. トゥオルミーメドウズ(Tuolumne Meadows)
高原の草原と花崗岩ドームの組み合わせが美しい。 ※季節限定でアクセス可能。
出典:Copilot
The ULTIMATE Yosemite TRAVEL GUIDE | 2025 Tips
最後に
この記事は、60歳の定年退職を機に私の記憶を整理し大切な思い出とするために書いています。還暦をひとつの区切りとして、蘇りの儀式のようにも感じています。
そして、当時これらのプランを考えてくれた元妻に感謝するとともに、当時まだ私は未熟で一緒に旅行プランを考えなかったことを申し分けなく思っています。しかし、これらの旅の記憶は、今でも私の心に幸せもたらしています。
いつかこの記録が、あなたの目に触れる日が来るなら、
心よりありがとうと伝えたい。





